心理ノート

毒親の優しさに縛られる理由と毒親育ちが「優しい人」をやめられないしくみ

心理カウンセラーのしん(@psynote__)です。

毒親の相談で繰り返し出てくる言葉があります。

  • 「うちの親は優しいときもあったんです。だから毒親って言い切れなくて」
  • 「周りからは優しいって言われるんですけど、ただ断れないだけなんです」

親の優しさも、自分の優しさもどう受け止めていいかわからなくなりますよね。

この記事では毒親の優しさの正体と、毒親育ちの人の優しさの両方に焦点を当てて、何が起きているのかをお伝えします。

「優しいところもある親」を毒親と認められない理由

「ずっと冷たかったわけじゃない」
「急に優しくなる日もあった」

毒親がいつも怖い存在であれば、離れる決断はもっと簡単です。けれど実際はそうではありません。

昨日までの冷たさが嘘のように突然優しくなったかと思えば、またちょっとしたことですぐに戻る。

この「不規則な優しさ」が子どもの判断を狂わせます。

「でも優しい時もあった」が手放せない理由

人は理不尽なことをされ続けても、その間に挟まれた「しあわせな記憶」に強く引き寄せられます。

つらかった記憶がいくつあっても、数少ない「優しくされた記憶」のほうが鮮明に残る。

それはただ記憶に残りやすいというだけではなく、子どもにとって「親は優しい人であってほしい」という切実な願いがあるからです。

ですが、この願いの奥にはもう一つの恐怖が隠れています。

「親が悪い人だった」と認めることは「自分を守ってくれる人が最初からいなかった」と認めることでもあるからです。

子どもにとってそれはあまりにも耐えがたい。だからこのように思い込もうとします。

  • 「あのとき怒鳴ったのは自分が悪かったから」
  • 「本当は親は優しい人なのに自分がイライラさせてしまった」

「親が理不尽だった」という事実が「自分に問題があった」にすり替わってしまうのです。

「親は悪い人ではなかった」と思い続けることでしか、あの家庭で自分がいてもいい理由を作れなかった。そうしなければ生きていけなかったのだから、これは当然の反応と言えます。

不規則な優しさが判断の基準を壊す

毒親の優しさには一貫性がありません。

安定した家庭であれば「これをすれば大丈夫」「これをしたら怒られる」という基準を学べます。でも毒親の家庭にはその基準がない。

親の反応は予測できず、同じことをしても結果がまったく違う。

だから子どもは「正しい行動」を覚える代わりに「親の顔色を見て、そのとき・その瞬間の正解を探し続ける」という方法を身につけるしかなくなる。

「何が正解かわからないけど、とにかく怒らせないようにしなきゃ」

この感覚に覚えがある人は多いでしょう。

ここで起きているのは「顔色を読む力が育つ」ことだけではありません。正解を探し続けている間、緊張を解くことができないのです。

安全だと思える瞬間がなく、いつも次に何が起きるか構えたまま過ごすようになる。

そしてこの緊張は大人になっても消えません。親から離れた後も、職場で、友人関係で、同じ反応が出続ける。これが毒親育ちが「優しい」と言われる土台になっていきます。

毒親育ちが「優しい人」になるのは偶然ではない

毒親育ちの人が周囲から「優しい人」と言われることは珍しくありません。その理由は性格や元々の気質ではなく、あの家で身につけてしまったものです。

親の顔色を読む力がそのまま「気遣い」になる

毒親の家庭では「空気を読む」は才能ではなく生きるために必要なことです。なぜなら、読まなければ身に危険が及ぶから。

この力が大人になると、相手の些細な表情の変化に気づいたり、場の空気が悪くなる前に先回りしてフォローしたりする「気遣い」として表れます。

周囲からは「よく気がつく人」「優しい人」と評価される。

でも本人にとっては「気づかないでいる」ほうがよほど難しい。意識してやっているのではなく、体に染みついた反応だからです。「気づきたくないのに気づいてしまう」という感覚のほうが近いでしょう。

そして厄介なのは「気づく」だけでは終わらないことです。

相手の不機嫌に気づいた瞬間、「何かしなければ」とすぐに動こうとしてしまう。気づいた上で「放っておく」ということができない。

放っておくと「自分が何もしなかったせいで場が壊れるかもしれない」という不安が出てくるからです。

自分を出すより場を収めることを選ぶ癖

毒親育ちの人には次のような傾向が見られます。

  • 意見を聞かれても即答できない
  • 頼まれると断れない
  • 自分の希望より相手の希望を優先する

これは「優しさ」ではなく「選択肢を奪われ続けた」結果です。

小さな頃から自分を出すたびに否定されたり無視されたりしてきた。だから「自分を出さないこと」がいちばん安全なやり方として体に残っている。

大人になった今もその癖は残ります。

「自分を出したら否定される」と体が覚えているから、黙ること・合わせることを自動的に選んでしまう。

周囲から見れば「穏やかで優しい人」。でも本人の中では「自分を出したくても出せない」という息苦しさが積み重なっていく。

「優しい自分」が苦しくなる瞬間

毒親育ちの優しさは、うまくいっているうちは問題として表に出てきません。

職場でもうまくやれている。友人関係も表面上は良好。「優しい人だね」と言われれば嬉しくもある。けれどある瞬間からその優しさが重荷に変わることがあります。

演じていると気づいていてもやめられない

「優しい人」を演じている自覚はある。本当はやりたくないのに引き受けてしまう自分にも気づいている。けれどやめられない。

  • 断れないまま引き受けて、後から怒りや疲れが出てくる
  • 「もうやりたくない」と思っているのに、同じことを繰り返す
  • わかっているのに止められない自分にさらに消耗していく

問題は「気づけないこと」ではなく「気づいていてもやめられないこと」です。

その優しさの下に恐怖がある

「やめたら嫌われる」
「必要とされなくなる」

この恐怖が気づきより先に体を動かしてしまうのです。

そして「わかっているのにやめられない自分」を感じてさらに消耗していきます。

「優しい人」をやめたら何も残らない気がする

また、「優しくあること」が自分のアイデンティティになっているケースもあります。

断ることが「自分を失うこと」のように感じてしまう。なにかを断ってしまうと「自分には何の価値もない」という感覚に襲われる。

これは「自分の価値を人への優しさでしか測れない」という状態です。

自分を追い込んでしまうのも、あの家庭の影響

ここまで読んで「自分の優しさは作られたもの」「結局、自分のためにやっていただけ」と感じた方もいるかもしれませんね。

「お前が悪い」「お前のせいだ」と言われ続けた人は、何が起きても原因を自分の中に探す。だから自分の優しさの出どころに気づいたとき、理解するよりも先に「自分はダメだ」が来る。

けれどその「すぐに自分を責めてしまうこと」自体が、毒親の家庭で作られたパターンです。

自分の優しさが「誰のため」なのかを整理する

この記事では、毒親の優しさの正体と、毒親育ちの優しさに何が起きているのかについて書きました。

演じている自覚はあるのにやめられない。やめられない自分をさらに責める。この二つが同時に起きている状態は、頭で理解しただけでは止められません。

実際に行動レベルで改善していくには、あなたの家庭で何が起きていたのかを具体的に見ていく必要があります。

▶ 親に傷つけられたあなたが自分の傷を癒やすためにやるべきこと

しん | 心理カウンセラー

愛着スタイル(回避型・不安型・恐れ回避型)の恋愛問題を専門にカウンセリングしています。累計1000件以上の相談実績あり。恋愛パターンの背景にある親子関係や愛着の問題にも対応しています。「わかった」で終わらせず、次に何をすればいいかまで一緒に考えるカウンセリングをしています。

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